某所でそんな題の記事を見た。
トラックバックするとこちらの面も割れるので以下コピペ。
著作権的にまずかったら即削除しますよっと。
勉強ができない人・成績の悪い人
10月の初めに個別指導のバイトを始めてもう1ヶ月くらい経つのだけど、だんだん勉強が苦手な人や、問題を解くとすぐ間違いをしてしまう人の特徴がわかってきた。実際にいろんな人を教えてみると、どんどん自分の中学高校時代の勉強とは違うところが出てくるので結構驚くところが多い。
とりあえずテキスト化してみたくなったので、そういう人がなぜそうなるのか整理してみた。
読み込まない・書き込まない
これは生徒の隣で同じ参考書をみながら解説する個別指導の宿命なのかもしれないけど、いくら参考書の内容を説明しても聞いたことをメモしたり書き込んだりしてくれない。いちおう塾側からは「赤ペンで生徒の参考書に線を引いたり丸で囲んだりしながら解説してください」といわれているのだけれど、線を引いたりするのは本来生徒が言われなくてもやることのはずだし、どこに線を引けばいいか、要点を探すときにしっかり文章を読むので記憶に残るというのがあるはず。
勉強が苦手な生徒ほど、解説しても目線が定まってない人が多い。解説する側としては解説を聞きながらしっかり自分で参考書に書いてある内容を読み込んで欲しいのだけど……どうも口で言われた解説ばっかり聞いて理解したつもりになって、参考書のほうはあまり読んでないように感じる。「わかりますか?」「ここまで大丈夫ですか?」と聞いてみると頷きはするけど、実際に問題を解いてもらうとなると全然できないことが多い。逆にしっかり読み込んでくれている感じがする生徒は、「わかりますか?」「ここまで大丈夫ですか?」と聞くとわからなかったところを質問してくれるし、飲み込みも早い。なにより解説する回数が少なくてすむので(わかってなさそうな人には何度も同じことを言わないといけないし、練習問題の解説にも時間がかかる)授業のペースが速い。そろそろ受験シーズン到来なので授業のペースが速ければ速いほど、今年受験の人にはいろんなことを教えてあげられるし、来年以降受験の人はできるだけ理解が早くて手がかからないほうが安心して今年受験のひとに取り組める。
試行錯誤しない・考えない
数学を教えるとここに違いが出る。数学は例題を解説して類題をやってもらう形式にならざるを得ないので、どうしても例題のあとやる問題は例題と解き方がそっくりになってしまう。だからなるべく解き方を解説するだけではなく、なぜこういう解き方をするのかという考え方を教えているのだけど、結局解き方のテンプレートしか覚えない。
すると、類題のなかにほんの少し毛色が違う問題があると、例題のテンプレートに当てはまらなくなって解けなくなってしまう。解けないのは仕方がないにしても、どうやったら例題みたいな解き方で解けるようになるかとか前に習った問題の解き方にできるかとか考えずに、先生が丸付けをして解説をしてくれるまでケータイをいじりながら待っているという感じで、全く試行錯誤をしてくれない。
塾で練習問題を解いている間はそれでもいいのかもしれないけど、実際の入試とかで全く知らない問題にぶち当たったときに頑張って解こうとせず、空欄のままほったらかしにして試験終了時間を待つようにならないか不安。
途中を書かない・紙の上で考えない
これも主に数学なのだけど、ノートに計算の途中式や図を全然書かない人がいる。問題練習のノートなんてどうせあとで見直したりしないだろうから存分にぐちゃぐちゃ書いていけばいいと思うのだけど、ノートをきれいに使いたいのかなんなのか。数学以外だと、たとえば英語の問題で「単語を並び替えて文章にしなさい」みたいな問題は、文章を作りながら使った単語に線を引いて消しながらやるものだと思っていたら塾の生徒でそれをやる人がほとんどいなかった。そして毎回toとかforが足りない文章を書いてくる。
計算の途中が見えた方が解いている途中で自分の間違えているのに気づきやすいし、解説する側としてもどこで間違えているのか指摘しやすい。関数の問題もグラフを一つ書くだけでかなり解きやすいはずだ。
この前中学生が一次関数のグラフの変域の問題を間違えたときに「グラフを書けば絶対に間違わないよ」と言ったら「だってグラフ書くと時間が……」と言っていた。解き終わったらケータイをいじりだす人間がそんなこと言うなとも思ったのだがそれは口に出さず、直線のグラフはy切片がすぐにわかるし、あとは傾きが大きいか小さいかわかるグラフを書けばそれで十分だと教えた。中学の数学の問題集を見るとグラフを書かせる問題はみんな升目のある図の上に正確に書くようになっていて、非常に正確さを要求されるようになっているのだが、高校以上の数学を習った者にとっては、実際に必要なのは線どうしの交点がどこにあって傾きがだいたいこれくらいというのを視覚化する能力のように感じる。「高校に入ると二次曲線とか三次曲線とか、正確に書くのが難しいのがたくさん出てくるから『図はとことん正確じゃないといけない』という考えは捨てた方がいいよ」とか教えるべきなんだろうか。
意欲が無い
意欲があればどんどん自分で勉強して成績もうなぎ上りだわ!という風に思われるかもしれないけど、そこまでの意欲はいらないのでせめて塾に居る間くらい、できるかぎり100%に近い時間勉強に集中していてもらいたい。僕がバイトしている塾は個別指導とはいえマンツーマンの一対一ではないので、講師は順番にいろんな生徒に解説をしたり問題の丸付けをしたりしている関係で、練習問題が解き終わったらすぐ解説をしてあげられるとは限らない。練習問題が終わったら、先生が丸付けをしたりしにくるのを待つ間、自分の解いた問題が間違ってないか見たりとか、次の例題を読んでおくとか、さらに例題を理解できたら実際に次を解いてみるとかしてくれると教える側としてはスムーズで助かる。さっきから書いているけど、問題を解き終わると(あるいはわからないので放棄すると)ケータイをいじりだしたりしている生徒が結構多いのがかなり悩みの種。せめて解き終わったら先生に「おわりました」と言ってくれれば他の生徒の解説を早めに終わらせ(るように努力し)てすぐそっちへ行くんだから、「おわりました」と言ってからケータイをいじりたければいじればいいように感じる。
実際に解き終わると次を読んでたり時間の関係で飛ばさざるを得ない問題を解いていたりする生徒のほうが飲み込みがよかったり成績が伸びている傾向が感じがする。「感じ」なのは分母が少ないのではっきりしたことがわからないので何とも言えないというのが大きい。ただ、主に教えている生徒のなかで2人くらいいる、勝手にどんどん読み進めたり解き進めたりする傾向の人はそれぞれ今年大学受験と来年大学受験なのだが、2人とも健闘しそうな感じなのだ。
さて、だいたいバイト中に思っていることはだいたい書いたので、次からはここに内容を踏まえて教えていこうと思う。こういう感じで生徒がこうすればいいのにと思うところはたくさんあるのだけど、小規模な塾なのにいろんな生徒がいて楽しい職場ではある。
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まったくもって自分の学生時代にも心当たりはありマス。
中学時代は塾で結構ノートもとらされて線を引いたりしてみたりして
自分の能力通りのそれなりの成績だったような気がしますが
高校に入ってからは塾というしばりがなくなってなーんにもしなくなったら
成績も急落した記憶があります。
それ以来ノートとる習慣も薄れに薄れて今に至ってる訳で・・・
上記の事は仕事においても当てはまるとオモフ。
特に事務の仕事はいかに間違いをなくして結構単純な事を早くするかと
数学的な解答というか・・・数学ではいかに効率的に一つでも式を省いて解くか
そんな感じで仕事もいかに効率的なスキームを創造(?)するのに似てるとオモフ。
ということで勉強も出来ない私は仕事も出来ない駄目社員・・・
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